昭和42年07月15日 夜の御理解



 私は福岡での修業中の時分には、私がお話に参ります所、私に特別に関係のあります所、そういう人達を、小さいお届け帳を作りましてから、それにお届けをさして貰うて、それを御祈念の度に、繰り返し繰り返し御祈念をさして頂いた。それが、まっ、ここでお届け帳という、お届け帳の始まりで御座います。段々おかげを頂く様になりまして、椛目の時代は一、二年間は、全然お届け帳は無しで御座いました。
 もちろん、御結界も御座いませんでしたし、ですからお願いに来ればお願いに来た人の、その場でお願いをし、その場で、御理解を頂いて又、それでおかげを受けておりました。だんだん形が整って参りまして、それももう実に神ながらな事でした、机のお供えがある、ミスのお供えがある、玉串案のそしてこういう御結界に必要な小道具が、それぞれにその時の事を思います。
 この机のお供えは、上滝さんが無くなられた時の香典返しでした。あれが、今若先生が使っているのが、椛目で使っておった御結界の机で御座います、それからこの、是は是と同じ形の一番初めにお供えなさったのは、熊谷さんでした。それがミスをお供えした方は、むつ屋の石井さんでした。それがその、ひとつひとつが神ながらに集まって来る。是はその当時( ? )と云うお干物やさんが集まって木よりました。
 それがおかげを頂きこの「おひ( )」は秋永のおじいさん自分で作ったので御座います。ついこの頃まで使っておった、長手のずいぶん古くなって御座いますが、取って御座いますが、ひとつひとつにそういうひとつ思い出、こういうすずりでもそうでした。一番初めはここに桜のついたこういう、これはあかますずり、あかま石で作ったすずりでした。だんだんおかげを頂いて参りましたら、上に大きな松の木に鶴を配した、こんな大きな見事なすずりが参りました。
 勿論この硯箱は、秋永のおじいちゃんがお供えしたもんで御座います。もう何一つとして、ここにこう小道具ひとつでも、神様がお集め下さり、実に神ながらなものでした。あのお初穂袋は、初めは誰もお供えとか、お初穂とかというものは御座いませんでしたが、あぁお供えしちゃでけんというのが、椛目の当時の流儀でしたから。それでもやっぱり、あのツツイのある大工さんがおかげを受けられましてね。
 ちょうどお賽銭形の様な、つつみ取り箱のお供えがありまして、ついこの頃まであったです。それが御神前にお供えしてあったですね。あの時分は月次祭から月次祭まで下げないんですよ。お供えを、それにその誰とはなしにお賽銭を入れたり。又は親先生に云うと取られんからち云うてから、紙に包んでからお供えをしたり、そういう時代に清水さんち云う御信者さんが来よりましたのが、お初穂袋をそうですね。
 やっぱり十ぱぐらい、十枚つづりを、十ぱぐらいお供えされました。それが椛目のお初穂の始まりでした、もう実に神ながらな事です。ですからここに、お届けをさして頂きましても、もう実に、神ながらなこと、これは私の信者ちいうか、それも、神様も含めてのことで御座いましょうけども、久留米の初代なんかはですね、このお届け帳というもの、お届け帳に、お届けをなさいます時には、もう絶対これは、金額の当初じゃ御座いませんでしたらしいですね。
 もう絶対お初穂のお供えのある人だけをお書きになったんです、例えばここでは宮崎照子と云う人がお参りをしてると、それでもお届けには宮崎としろうと書いてある。もう宮崎としろうだけがお届け帳にのると言う風で御座いました。それで私はあちら関係の先生が、ここにお参りをして見えてから、その時の話をなさいました。そこに流儀もあるけれども、神様はその先生の信心性格というか、個性というか。
 そう言う様なものが、そう云うことにでも現われて来るんだから、どれが本当と云うことではありません。そして石橋先生は仰った、決して空願いをするなと仰った、空願いというのは、お供えもせんでお願いに来ることと、お届けをするなとこう私の流儀はそうではない。もう背中におんぶして来る子供でも、ここにお参りして来た最後、私はここにお届けをさしてもらいます。
 又はその人がです、お願いをすればお願いをした人だけのお届けを致します。いやお願いはせんでもそれを心にはっきり私が感じるもの、ね。例えば是は沢山、是は書いて貰ったのが良いというのじゃ御座いません。例えばあの久保山さんがお参りしておられますが、是は昔からでした、久保山さんがお参りゃ必ず家族中のお届けでした、神様は、家族中ち云うとおかしいですけど、息子さん達だけのお届けでした。
 久保山ふみというお届けに対して、ですから朝お参りして、又夜参って来るなら、是は東京の息子さんの事の、ある心眼の事によって、このお参りを始められた、いわゆるお参りの精神と言う物を、私はお届けするんです。まあだ私の方では家族の者のお届けは、初めは両親だけでした。それが御用が出ける様になったら、御用が出けるその事がすでにお届けの内容、御用すると言う事がお届けになって来る様に感じたんです。
 まあだ栄四郎はお届けのお許し頂いとりませんもん、ついこの頃までは直子も幹三郎も、ここのお届け帳にのりませんでした。ですから実に難しい事なんですよね。それは結局私の信心の力量というか、例えば二百名の三百名のと申しましても、椛目の場合そう言う様な場合がありますから多いのです。ひとつは、かと云うてそう沢山のお供えをなさっても、その方御一人というのも御座います。だからそのお届けの内容というものは違いますけれども、例えて云うならば。
 今晩二度お届けがあってるのがあるのですよ。宮崎さんが出て見えられましたから、宮崎さん、としろうさんと前にもお届けが付いておるね、内田さんが娘さんたか子さんの事をお届けされるから、お届けさして貰うたら又たか子さんの事を前にもお届けがあったらしい、私以外の者に対し、そうすると空の二重になって来る、勿論数の中には入れられはするまいけれども、そう言う訳ですからお届けをされる時にはです。
 誰が座っとろうが、金光大神のお届けを頂くという精神をもってするならば、必ずしも私に云わなければならんと、云う事はないけれど、矢張り親先生に一辺聞いて貰たいと思うなら、先程お届けは終りましたというて、お届けなさらなければ二重になります。最近の事三、四日ですか、ヒロ子さんが自分とこの家族二、四、六、八、十、それに山本一家、自分の信者の連中までずうっとお届けするけん。
 私はどういう訳にこんな事しよるか、一辺聞いて見たい聞いて見たいと思うけども。機会が無かったから、今晩私話しておるんです。何の為に此の様な事をする、いわばここ汚すわけですお届け帳をね。お届け帳には、実にそりゃもう神秘極まるものがある事は、皆さんご承知で御座いましょうが。例えば色々お届けがずうっとあってまいりますですね。おかげを受ける時にはちゃぁと次々にお届けが続いてるです、又はほんとに命に係るもう、と言った様な時にですね。
 この一番最後に来た人なんかはですね、もう絶対助からない。椛目から云われておる。本当にそうです。ですからどうですか、いらん事をここに書いてからその、ここに一番最後に病人が来た時には、どうなる訳も分からずに、ここにこんなに沢山書きさえすりゃいい、と言う様な事をですね。而も無断でこんな事をやるのは言語道断。あんまりこのお届け帳を、言わばなめたお届け、御結界をなめたという程に、この御結界お届けと云う事は。言わば私の信心がここに現われて、その様に現われて来るのです。
 皆さんがお取り次願われてから、そう云う事があるでしょうが、その御理解が続いておる、お届けのその名前によって、それが例えばひとつ狂うたら、どう云う事になるか成程お知らせを頂いてから。ね、けども私は出来るだけその何か、この私がここでお願いをしたいと思うのがある。例えてなら古賀先生なんか病院に入っとりますから。もう本当に誰かがお届けをしてくれるなら、毎日お届けをしたい、ここにお届けに一名あると云う事はですよ、それだけ私が重荷になると云う事なんです。
 いうならば、いうなら返して云うならば、私に力がある事じゃない。私の力に応じてこのお届け帳が多くなって来る訳なんですね。私が三百名の日々持てる様になったら、三百名のお届けになるでしょう。そういう言わば難しいもの皆さん、お届けなさるでもね。唯私の、私が座ったからここに見えてお届けをされるから、私は、あ、そうですかち云うてお届け書かせて頂くと、見てみると前にお届けしてあるならば、も。
 先程お届けしましたけれども と言わなきゃいけん、ただここに数だけ多くする為に、沢山書くと言った様な事は絶対無い。もう、いちいち御神意のあってのこと、又は願い出人のあってのこと。いわゆる私の場合石橋先生と全然反対にね、お参りをしてここにお広前におかげを頂いた最後です。それは手を引っ張って来ている子供であろうが、おんぶして来ておる子供であろうが、私は必ずお届けをする事にしておる。
 是は御供があろうが、お初穂があろうが、もう無頓着である。かていうてですね、私はこう云う事もある。こんな広大なおかげを頂きまして、おかげを頂きまして有難う御座いますと云うて、お礼に来た時お初穂もしないのは、絶対お届け帳に載せません。なぜってそれでは神様に通じんと思うからです。参拝してからその人のお届けは致しましても、そのお礼お届けの事は、只おかげ頂いたそうで御座います、というて私ここで、そういうお届けをさして頂くだけで御座います。
 こうやってお話して参りますとですね、このお届け帳の中には実に神秘なものがあるのですよ、ですから私は子供がお参りをするというなら、連れて参っておいで。言うならばお参りをして来りゃ、お届け帳に載せて頂いて御祈念をして頂く。特別の御祈念を頂く事が出来れる。私は只今御祈念前に、その内田さんのお届けを聞いてからお届けしたら、前にしてあるから是は、皆んな分かっとかにゃいけんなあと思うし。
 同時にひろ子さんが、ここ二、三日機会がないから私は、ひろ子さんに分かって頂くだけじゃない。このお届けと言う物が、どう言う様な者か、どういう、神ながらな者があるか。例えて云うなら、ここで十何年も、おかげを頂いておる、久富先生がです。やっぱり心の中で、自分方の家内子供、十何人も家族がおられますから、孫達の事まで思われん筈が御座いません。というても、私がお許しを頂いておる限りは、限りだけしか、お届け帳には載っておりません。
  それを今々、ここに修業に来ておってからここのお届け帳を此の様にしてから汚してから、とこう私は思うのです。分からにゃ尋ねにゃいかん。ここの流儀を分からぬにゃいかん。というて私はこげな人達の事はお願いしてやらんという、そういう意味でも決してない、お届けがあるなら、又ほんとに気に掛かるなら自分が下がった時に、ここに座った先生に、実は誰々の事が気になるから。
 その人の事を願うたがいい、自分がここへ座るからというて、自分とこの親戚やら、自分の関係のもんだけこうやって、ずうっと書いとる。もっての他だ、是はひろ子さんに対して云いよるとじゃ御座いません。その様にあの、この御結界の働きと云い、お取り次の働きと云い、又はお届け帳の例えばその、いうなら一字一画もの実を云うたら是をですね、非常に汚す人がある。ここに参った人が、もういちいち、私はそれはどうかと云いたいんですけども、それは不調してから汚す人も御座いますれどもですね。
 そう言う位に私はここの御結界の、お取り次の働きと云うこのお届け帳と云う事には、ね、関心を持っております。毎日今日誌が出けておる。このお届け帳の締めくくりをです、例えばどういう空の様なお届けがあってご覧なさい。やっぱり末永さんがそれを持っておるでしょう、確かやっぱここに十名なら十名の者が、空にういて来る様になる、是は何も分からなかった
  (途中切れ。